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当館では、所蔵・寄託されているアジア各地の美術品を紹介する企画展「アジアを旅する」を開催中です。取り上げるアジアはユーラシア大陸の大部分を占める広大な地域で、西アジア、南アジア、北アジア、東アジアの四つに大別することができます。メソポタミア、インダス、黄河・長江の三大文明が誕生した重要な地域です。異なった自然環境のもと、歴史と文化を育み、多くの興亡を繰り返しながらも、それぞれの地域で独自の美術を生み出してきました。本展では、インドで生まれた仏教が広大なアジア各地に伝播する中で、独自に発展した仏教美術を中心にして、さらに各地の人々が自然との共生を通して、人生を謳歌し、生活を高めた多彩な工芸品や書画の美をご鑑賞いただきます。現在から、約5000年から100年前までの、パキスタン、インド、チベット、ベトナム、タイ、中国、韓国、日本の時空を越えた美術を愉しみながら、アジアを逍遥してみましょう。

その前に三大文明について簡単にご説明します。

メソポタミヤ文明

今から約8000年前に、メソポタミヤとはチグリス川とユーフラテス川の間の平野(現在のイラク、シリア東部およびイラン南西部)の事で、そこで生まれた世界最古の文明です。
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紀元前3000年前から農耕を行っていたのがシュメール人たち。文明初期の中心となりました。
しかし、メソポタミアは開放的な地形であるがため、周辺よりセム語系やインド、ヨーロッパ語系の遊牧民や、山岳民が侵入をくりかえし、国家の興亡が激しかったようです。
シュメール人最大の功績の一つは、楔形文字の発明です。
粘土板に葦の茎で刻まれ、記録や伝達の手段として使用され、楔形文字の発明により、行政や経済、また宗教的な記録が可能になって、文明が発展しました。
アッカド・バビロニア時代は、メソポタミア文明が大きく発展していき、統一国家が形成された重要な時代。強力な指導者のもとで広大な領土が統治され、文化や法律の面でも大きく進歩したといわれています。
そして、アッシリア新バビロニア時代は、メソポタミア文明の最後の繁栄期。強大な帝国が形成された時期であり、文化や芸術も大きく発展しました。
しかし、紀元前539年、ペルシアのキュロス2世がバビロンを征服し、新バビロニア王国は滅亡。これにより、約3000年続いたメソポタミア文明は終わりをむかえたのです。
イラク・アルビル
現在のイラク・アルビールの街


インダス文明

史実は様々ありますが紀元前2500年頃〜前1500年ごろ,南アジアのインダス川流域でさかえた古代文明です。
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大小の道路と煉瓦造りの排水溝を碁盤目に張り巡らせおり、住居を頑丈に造り、トイレは排水溝に繋げており衛生施設を持っています。沐浴場など公共施設は城塞に集めていました。
農耕文化が存在していることが明らかになっており、メヘルガル遺跡を中心に、小麦・大麦の栽培、羊・山羊・牛の飼育を行っていたようです。
インダス文明では インダス文字 が使用されましたが、この文字は解読されていません。
当時の文明の様子を知るための手がかりが少ないた為、インダス文明は謎が多いのです。
遺跡関係は、パキスタンとインドにまたがるインダス川流域に点在しており、主な遺跡としては、モヘンジョダロ、ハラッパー、ロータル、ドーラビーラなどがあります。
その中でもインダス河下流域沿岸に位置するモエンジョダロ遺跡は、上流域のハラッパー遺跡と並び、最大規模。遺跡全体の規模は5k平方メートルあり、西北地区には城塞部と呼ばれる人工の丘があり、公共の建物が集中していたそうです。インダス文明は約700年の繁栄の後に、突如として衰退し、崩壊してしまいました。理由は、気候変動や環境の変化、外部勢力の侵入など諸説ありますが、決定的な理由は見つかっていないそうです。

インダス文明
モエンジョダロ遺跡

その後、現在のパキスタン北西部に存在した古代王国ガンダーラが誕生しました。首都バクラームなどを中心に栄え、カーブル川北岸に位置し、西端は現在のアフガニスタンの首都カーブル付近まで、東端はインダス川を越えてカシミール渓谷の境界部まで達していました。またインドから仏教が伝わり、ヘレニズムの影響を受けているという説があり、ギリシア彫刻の影響を受けて仏像を造るようになりガンダーラ美術が生まれ、、多くの菩薩像や仏伝浮彫、守護神などの彫刻が作られました。
ガンダーラ美術品
釈迦如来頭部(ガンダーラ)台付
蒼山コレクション★現在展示中


黄河文明と長江文明(中国文明)


黄河文明と長江文明は、中国文明の二大源流とされる古代文明です。
黄河文明今から紀元前5000年頃くらい。農耕文明ともいわれ磨製石器や土器などを生産していた時代です。
前期を仰韶(ぎょうしょう)文化、後期を竜山文化に分けられます。世紀の初めに、黄河流域で遺跡がたくさん発見され、綺麗に彩色された土器が使われていました。
このようなものを彩陶文化と呼んでいるようです。
また、紀元前2500年ごろに始まった竜山文化は、特徴は黒い土器で、このようなものを黒陶文化と呼んでいます。
稲作農耕が盛んだった長江文明は中国長江流域で起こった複数の古代文明。黄河文明と共に代表とされる文明です。時期として紀元前14000年ごろから紀元前1000年頃まで。新石器文化の河姆渡遺跡 (かぼといせき)は、稲・ひょうたん・漆器、高床式住居跡などが発見されています。

中国文明
中国彩陶双耳壺
彩陶双耳壺(さいとうそうじこ)★現在展示中

いかがだったでしょうか。
駆け足で解説いたしました。学校などで教わったとは思いますが、これを再度理解し展示品をご覧になって、少しでもアジアを旅する気分になっていただけたら幸いです。

会期/7月18日(金)〜9月2日(火)まで開催。