
鷹匠 松原英俊さんインタビュー(後編)
聞き手/本間美術館Twitter部(以下、本)
本「松原さんが行かれるくらいの山の深さですと、いろいろな動物などもたくさんいると思われますが」
松「そうですね。なので私の講演は、鷹匠の生活や訓練のことよりも、ほとんどが私が自然の中で体験した、鳥や動物にまつわる誰も体験したことのないような体験談を話すことが多いですね。それらは本にも載っていないような不思議なものが本当に多くて。だから、生き物が好きなひとにとってはかなり興味深い話ができるので、けっこう好評をいただいてます」
本「武家時代の鷹狩りの話なんかもできるんですか?例えば徳川家康時代の鷹狩りとか」
松「それは本に載ってる程度の少しのことしかお話しできないので、本に載っている内容そのままを私が話しても面白くないと思うんですね。昔からの鷹を扱ってきた武士の歴史なんかは一応は調べているんですけど。大学も卒業論文で鷹狩りの歴史をテーマに書いて卒業したんです。多分まだどこかには残っていると思いますけど、人に読ませるほどの立派なものは書いてないです(笑)」


イヌワシ
200回を超える講演活動
本「松原さんは日記などはつけていないんですか?例えば鷹狩りをしていての体験を記録してまとめていたりですとか…」
200回を超える講演活動
本「松原さんは日記などはつけていないんですか?例えば鷹狩りをしていての体験を記録してまとめていたりですとか…」
松「あぁ〜…特にはつけてないですね」
本「となると、だいたい全部頭に入ってらっしゃる感じなんですね」
松「いままでおそらく200回くらいは講演してまわったと思うんですけど…例えば小中学校や大学、一般の会場でとか。なので講演で話す内容自体はだいたい頭の中には入ってると思いますね。結構いろんな大学をまわっていて、一番最近ですと今年の春に武蔵野美術大学で講演していて、計4回ほどになります。そこの教授と知り合いでしたので。あとは慶応大や東大、淡路島や札幌大学にも行っています。札幌大もアイヌの研究をされている女性の教授さんが知り合いでその方が呼んでくれたんです」
本「200回?!かなりの回数、しかも本当にたくさんあちこちの場所で講演されてきたんですね…」
鷹の習性について
本「それでは次に、鷹の習性について教えていただけますでしょうか。
例えば、獲物を狩ったり、『鷹の目』といわれるように遠くまでよく見えるとかはよく知られているかと思うんですが」
本「それでは次に、鷹の習性について教えていただけますでしょうか。
例えば、獲物を狩ったり、『鷹の目』といわれるように遠くまでよく見えるとかはよく知られているかと思うんですが」
松「鷹は、嗅覚は人間と同じくらいなんですが、やはり目が武器なんですね。ご存知の通り、遠くの獲物まで捉えることができます。そして鷹は獲物に襲いかかる際に急降下で接近するのですが、その時のスピードは私のクマタカで時速二百キロなんです(ちなみに鳥の中で一番速いのはハヤブサで、時速三百キロ出ます)。そして獲物を捕らえた時のクマタカの握力は、人間の大人の2倍くらいあります」
本「じゃあ人間なんか軽くやられちゃいますよね…」
松「はい、大人だとなんとか暴れて振り切ることができますが、子供だと危ないですね」
本「松原さんもそのように襲われたことがあるんですか?」
松「私は何百回もあります、腕とか足とか掴まれますよ」
本「松原さんほどに鷹に慣れている人でも、襲われてしまうものなんですか…?」
松「はい、空腹になった鷹は気が立っていますから、餌が欲しくてこっちに向かってきたりするんですよ」
本「まさか松原さんのことを餌だと思っているわけではないですよね…?」
松「そうは思っておらずとも、餌をよこせ!と来るわけです。例えば、鷹がウサギを捕らえた時は食べさせる前に一度取り上げなければならないんですけど、そうした時に鷹が怒って取り返そうと襲ってくることがありますね」
本「松原さんはそうした時に、一度獲物から手を離すこともあるんですか?」
松「いえ、ないですね」
本「あ、じゃあそうした時も強引に取り上げるんですね(笑)」
松「そうそうそう(笑)強引に両脚を掴んで獲物から引き剥がしますね。犬のように飼い主のもとまで獲物を持ってきてくれるなんてことは決してなくて、鷹の場合はこっちが捕まえた現場まで雪山を走って駆けつけなくてはいけないんです。それが遠い距離だと、ハァハァいいながらようやく駆けつけて取り上げるって感じで…」
本「鷹からすれば『俺が捕まえたんだからお前が走って来いよ』って感じですよね。なんだか、主従ではなく対等な関係というか」

調教中のノスリ
本「すみません今日なんですけど、鷹を見せていただくってことはできますでしょうか…?」
松「ええ、いいですよ」
本「今回私達は、鷹からしたら全然知らない初対面の人間が小屋に入ってくるわけじゃないですか。その、大丈夫なんでしょうか…?」
松「多少警戒するかもしれませんが、あまり警戒しない鷹もいますね。イヌワシなんかは結構人慣れしていて、そんなに警戒しないです。一番警戒するのはクマタカですね」
本「カメラのシャッターって切っても大丈夫ですか?フラッシュは焚きませんので…」
松「大丈夫ですよ。それに、鷹の目はフラッシュに反応しないんです」
本「え、そうなんですか?」
松「普通人間だったら眩しいって感じると思うんですけど、鷹はそれを感じないんです」
本「色は白黒に見えてるんですか?」
本「眩しさを感じないってことは、明るさに関係なくものが見えるってことですか?」
松「いや、夜は見えないです。フクロウは夜でもよく見えるんですけどね」
本「あれ、フクロウもいらっしゃるんですか?」
松「ワシミミズクっていう大きいのがいたんですけど、逃げられてしまってどこに行ったのか分からないんですよね…」
本「逃げられた?!それから帰って来ないんですか?」
松「帰って来ないですね…(苦笑)」
本「先ほど狩りに出した鷹や鷲を追いかけるって話がありましたけど、じゃあ彼らは自分で帰ってくるってことはなくて、松原さんが連れ戻さないと戻ってこないってことですか?」
松「ええ、私が探して見つけない限り、戻ってくることはないですね。帰巣本能がある伝書鳩などとは異なるので、いくら訓練してもそこは変わらないです」
松「はい、そうなんです」
本「そうなんだ、大変なんですね…。帰巣本能がないってことは、逆に言えばどこででも生きていけるってことですか?」
松「いや、野生の鷹はある程度自分のナワバリを作って、その中で餌を探して生活していきますね。ですから他の鷹が入ってきたら追い出したりもします」
本「じゃあナワバリ争いが起きたりもするんですね」
松「ええ、そうです」
本「小屋にいる鷹や鷲たちは、それぞれケンカしたりしないんですか?あ、でもオリに入ってるから…」
松「みんなそれぞれ別々のオリに入れてるんです。種類が違うので、一緒のオリに入れてしまうとケンカして殺し合いになってしまうので」
本「ああそうなんですね。じゃあ連れて行く時は必ずどれか一羽だけを連れて行くってことになるんですね」
鷹小屋にて
本「カナダからですか。けっこうおとなしいんですね」
松「ええ、案外人にも慣れてますね。この子は3歳なんです」
本「やっぱり、鷹はかっこいいですねぇ…」
松「ええ、鷹は鳥の王者とも呼ばれていますからね」
本「このオリは自作なんですか?」
松「いや、自分で作ろうと思ったんですけど、引越しの時に時間がなくなってしまって。結局大工さんに頼んだんです」
本「そうなんですか。止まり木もあってすごく立派ですよね」
松「これは小型ですけど、二階には大型の鷹もいまして。クマタカとイヌワシがいます」
本「これでも小型な方なんですね…じゃあもっと大きいんだ」
松「じゃ、それでは二階の方へ」
本「あ、これが例の!」
松「これは警戒してる鳴き声ですね(笑)クィックィッって声になるんです。
(隣のオリの前に行き)これがイヌワシですね。羽を広げると2メートル近くあるんです」
本「へぇ〜!なんか足に巻いてあるんですか?」
松「あぁ、あれはですね、いま法律が厳しくなってしまって、このように特定動物用の脚環を書いて、巻いておかなくちゃいけないんです」
本「そうなんですね。やっぱ脚が力強いですね、生で見ると違うなぁ。シルエットもかっこいいし。毛並みというか、羽がすごく整ってて綺麗ですね」
松「そうですね、自分のくちばしで羽繕いするんです。だから私の方からは何もしなくても綺麗になるんです」
本「イヌワシは思ったより可愛い声で鳴くんですね。ピッピッって鳴いています」
本「なるほど。ちなみに、いまはどんな状態ですか?」
松「いまはそうですね…やっぱり、知らない人が来たな、って感じで緊張してますね(笑)」
本「あっ、そうですよね…(笑)」
松「イヌワシはクマタカと違ってそんなに警戒心が強くないので、かなり近くまで寄っても大丈夫ですよ」
本「心なしか顔立ちも穏やかな感じがしますね。それに、こうやってみるとかっこいいだけじゃなく、どこか可愛らしくも見えてきます」
松「ええ、私も怖いと思うことはなくて、むしろ可愛いと思っています(笑)」
本「いまこの小屋にいる4羽はそれぞれおいくつぐらいの歳なんですか?」
松「このイヌワシで25歳ぐらいですね」
本「25歳!けっこう長生きなんですね」
松「鷹や鷲はけっこう長生きで、イヌワシの長く生きた記録では45年というものもあります
本「先ほど見せていただいた雑誌に、クマタカに『加無号』という名前をつけて呼んでいるとあったかと思うんですが」
松「ええ、いまいるこのクマタカが二代目の『加無号』なんです」
本「そうなんですか、やはり一番ともに狩りに出ることが多いのがこの『加無号』?」
本「大きさはあまり違わないように見えますが…」
松「体重的にはイヌワシの方が断然重いですね。羽を広げた時も、クマタカは1メートル65センチほどなのに対してイヌワシは2メートルありますから」
本「今はあまり餌を与えていない状態ですか?」
松「今日は食べさせてないですね。明日は与える予定なんですけど」
本「先ほどのお話にも絶食期間を作るとあった通り、やはり毎日やるわけではないんですね。けっこう食べなくてもある程度生きられるんですね」
松「ええ、自然界でも吹雪で獲物が取れない日が何日も続いたりするものなので、そうなっても大丈夫な身体になっているんですね」
本「なるほど。ここにいる子たちはオス?メス?」
松「ええと、一階にいるハリスホークとケアシノスリがメスで、二階のクマタカとイヌワシがオスですね」
本「メスとオスでもやっぱりいろいろと違ったりするんですか?」
松「鷹や鷲の場合は、すべてメスの方が身体が大きいんです。他の動物はけっこうオスの方が大きい場合が多いんですね。なぜメスのほうが身体が大きいかは学者の間でもまだはっきりとは分かっていないんですが、メスの方がヒナの近くにいることが多いので、子育てするのに身体が大きくて強い方がいいから、と考える人もいますね」



本「確かに、その方が敵に襲われた時に子供を守れますからね。それにしても、メスの鷲、鷹だと連れて歩くのもより大変になっちゃいますね…」
松「ええ、クマタカのメスならなんとか大丈夫ですけど、イヌワシのメスはこれよりもっと大きくて重いから厳しいですね〜…(苦笑)」
本「オスでさえ大変だっておっしゃってましたもんね…(苦笑)ということはメスでこうして飼育されているものはあまりいないんですか?」
松「いや、狩り用ではなくただ飼育するためであれば、飼っているところはふつうにあると思いますよ。ただ好きで飼っている人や、観賞用とか、さまざまですね」
本「山形にも、鷹を飼っている方が他にもいらっしゃるんですかね?」
松「小さい、ハリスホークを飼っている方は他にもいらっしゃいますね。ただ、クマタカやイヌワシのような大型のものを飼っているのは、いまのところ私だけだと思います」
本「松原さんは普段はご自宅にいらっしゃるんですか?」
松「あちこち出かけたりもしてますが、たまにはいます。畑があるんですが、今年はあまり出来がよくなくて…」
本「あ、畑もやってらっしゃるんですか?」
松「ええ、自分の好きなものだけを作ってます。とうもろこしと、かぼちゃ、トマトなど、作りやすくて好きなものを育ててるんです」
本「なるほど。松原さんは本当にご健康ですね」
松「いや、やっぱり年齢とともに体力が落ちてきてて、目標である80歳まで雪山を歩けるかどうか…(笑)」
本「そのご年齢で雪山を歩けるっていうだけで我々からすればすでにすごいと思ってしまうんですが(笑)私達の方がすぐバテて歩けないと思います。やはり生業にされている方は違いますね」
松「雪山に登る時は歩く途中で雪の中に沈まないようにかんじきを履くんですけど、体重が重い人はそれを履いても沈んでしまうんです。だから軽い方が有利なんですね。私のところに取材に来るテレビなどの方々が、雪山同行の途中でダウンしたりしてしまうことも結構ありますね」
本「撮影班がついて来れないってことか、そりゃそうですよね…。冬山で松原さんに付いて取材したいなとも思っているんですけど、流石に無理かなぁ…とも思ったんですよね(苦笑)本当に1合、2合のふもとくらいまでで…」
松「あー雪山の入り口でなんとかごまかして…とかね(笑)」
本「冬場、このあたりでは鷹を飛ばしたりなどはなさらないんですか?」
本「あ、そうなんですか!よければその時に撮影させていただきたいのですが…」
松「ええ、訓練はこの近くで飛ばしたりするので、かんじきもいらないくらいのところです」
本「そのときお電話いただけませんでしょうか…?さすがに雪山だとかなりご迷惑をおかけしてしまうと思いますので…」
松「わかりました(笑)」
本「本日は貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました!興味深い貴重なお話を数多く聞けてよかったです。
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本間美術館メディア部
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